先代犬を食べた話

 

 

世田谷の葬儀場に連れて行く前日、すっかりうんともすんとも言わなくなってしまったナナちゃんの横に布団を敷いて寝た。元々ふっくらしていた分、感触にもまだ柔らかさが残っていて毛もフワフワで、生前と変わらぬ姿の彼女を何度も撫でた。この子は本当に死んでいるのだろうか、朝目覚めたらまた何事もなかったかのようにのっそり起き上がってパンを求めてくるんじゃないか、なんて考えながら眠りについたが、結局そんな淡い期待も叶うことはなかった。
翌日、色とりどりのお花とパンと大好きなオモチャに囲まれながら意外にもあっさり葬儀は終了し、棺に横たわっているナナちゃんの、腹の毛と耳の毛をハサミで少しいただいた。最近はワンちゃんの毛を形見に持っておく人が多いらしいのだ。毛の長さがマチマチになりちょっぴりちんちくりんになってしまったが、それでもやっぱりナナちゃんは世界一可愛くて、それがどうしても苦しかった。
とうとう火葬の時間になってしまい、最後に身体中にチュウをして、骨が折れるほど抱き締めてから暗くて狭い焼却機の中へ彼女を見送った。バチン、とスイッチが入れられた瞬間、急に決定的な喪失感と絶望感に襲われて、ボーンとバチで叩かれた銅鑼のように頭がグラグラした。その時やっと、私の中で彼女は死んでしまったのだと思う。涙が止まらなくてまともに歩くことさえできず、母に支えられながら火葬場から出た。こんな歳になっても実体がなくなってしまうという現実は受け入れられなかった。このまま灰にされるくらいなら、私が食べてしまえばよかったとさえ思った。
ようやく焼却機から出てきた太くしっかりとした大腿骨、細くしなやかな指先の骨、全てはやはりナナちゃんそのものであった。それらを素手で骨壷におさめ終わった時、あんまりにも悲しくなって、指先についている、小さく小さくなった彼女をペロリと舐めてしまった。いけないと思いながらも、どこかで深く安堵して、舌に広がる彼女のほろ苦さにまたとめどなく涙が溢れた。わたしは犬を、食べてしまった。